読書履歴
さすがにこのシーズン忙しくて、まとまった時間も取れず、本らしい本はほとんど読めてないかほぼ読みかけという状態。
特に歴史関係の本はちょっと目を離すと内容をゴッソリ忘れるので、常時スイッチバック、いつまで立っても読み進められません。南北朝やらヴァイキングやら読みたい本が溜まってくばっかりです。
まあ、そんな感じで今年もダルダル終わろうとしております。皆様も良いお年をお迎えください。
[天涯の砦] 小川 一水
宇宙ステーションでパニック物、というのっけから胃酸過多になりそうなシチュエーションを真っ向から取り扱ったハードSF。
人災から生じた爆発事故により、無数のデブリと化した宇宙ステーション。漂流を始めたデブリの一部に取り残された人々に、宇宙空間ならではの困難がこれでもか! これでもかー! と襲ってきます。
たとえ今後、民間宇宙船が実用化されてお手軽プライスで宇宙旅行ができるようになったとしても、宇宙になんか絶対行きたくなくなること請け合いです。
閉鎖空間パニック物といえばもちろん群像劇も醍醐味。それぞれ癖のある登場人物たちの考え方や立場は時として噛み合わず、些細な齟齬や対立によって、ますます窮地に陥っていくこのジレンマがたまらないですね。面白かったけど読み終えて疲れました。
話は逸れますがパニック物といえば、猫作家ギャリコのポセイドン・アドベンチャーがオリジンかとも思ったんですが、十五少年漂流記のほうがやっぱり原典かしら。小学生のころに児童向けのダイジェスト版を読んだ覚えがありますが、これも原本を今読むとかなり鳥肌ですね。
最近は寒いんで、家で本ばっかり読んでます。
[彷徨える艦隊〈4〉巡航戦艦ヴァリアント] ジャック キャンベル
100年に渡って戦争状態を続ける二大勢力、アライアンスとシンディック。
シンディックの罠により敵陣深くおびき寄せられた満身創痍のアライアンス艦隊を率い、アライアンスの勢力下にまで導くことになったのが、100年間に及ぶ冷凍睡眠から目覚めたギアリー大佐。
当初は100年分のカルチャーギャップに戸惑い、ギアリーを盲目的に英雄視する部下や敵対的な艦長たちとの軋轢、政治家の牽制球などに苦しみながらも、一枚岩とは言いがたいアライアンス艦隊を人望によってどうにか纏め上げ、各星系を転戦しながらシンディック勢力圏外へいよいよ近づいてまいりました。
そんなギアリー大佐の毎日を要約すると、
デシャーニ艦長以下ブリッジクルーの目が爛々と輝く対艦隊戦!
物資補給もとい強奪!
通りすがりのシンディック住民へのプロパガンタ(「アライアンスは正義の味方なんだよ」「逆らうとひどいからね」)!
気の乗らない艦長会議!
の大体4パターンで成り立っていて、ほぼブリッジと個室を往復するだけの日々。ただし唯一の聖域・個室も元恋人に乱入されたりして気の休まる時がありません。──と、ここまで読者側にもパターンが読めるようになると、ここはお約束通りハーレクイン展開は外せないでしょう。
今回は、一時期ギアリーといい関係になった女性政治家ビクトリア・リオーネと、旗艦ドーントレス艦長ターニャ・デシャーニの間で火花が飛び散り始めて、艦内に立ち込めるあまりのギスギス加減に、ギアリーはこれまで放置してきた二人の女性と自分の気持ちに向き合わざるをえなくなります。
今巻は読んでてお国柄なのか英語圏の海外ドラマっぽいなあ、というのが真っ先に浮かんだ感想。
元カノ・今カノの間で葛藤する主人公というのは、やはり海外ドラマ中盤の定石展開ですし、今カノが若くて一般ウケするのに対して、元カノ(Ex-GirlFriend)は主人公の操縦方法を心得ていてキャリアがあって小憎らしくて... リオーネ副大統領閣下もずばりテンプレート通りの仕上がりのキャラでございます。
リオーネはちょっと翻訳で損してるキャラなんですが(一人称が「ワタクシ」)、デシャーニにはない世慣れた振る舞いやエゲツなさ、政治家としてのキャリアをもって、ギアリーとは付かず離れずの距離をとりながら要所要所で存在感を発揮。艦隊の中で唯一軍人ではないという異色さも手伝って、なかなか魅力的なサイドキックであります。
ただ翻訳家のあとがきによるとどうもリオーネは不人気らしく、まあこれまでギアリーを手助けしながら同時にイラッとさせるのがお仕事だったのでしょうがないような。
[シュトヘル 2] 伊藤 悠
シルクロードのしかも中央アジア! を舞台にした新シリーズ2巻目。
漠然とイメージはされても漫画化されることも珍しい土地柄だったのが、乙嫁語りの舞台もそういえば中東寄りの中央アジアでした。流行なんですかね。
シルクロードといえば馬やラクダが欠かせませんが、馬の書き分けが顔でできる作家さんなので安心。しかし、画面に馬が出てきたら即死にフラグ、なんて容赦ないんだ。
伊藤悠オリジナル作品では面影丸、そしてその後日譚にあたる短編・黒白しか読んでないのですが、伊藤作品はいずれも苛烈で迷わない登場人物が多いように見受けられます。今巻から登場した行商人アルファルドもまた、そんな一人。
シュトヘルを初め、その他の登場人物(敵味方を問わず)がどれも迷うことをしない人たちばかりの中では比較的人間臭さを感じられるキャラクターで、機微に聡い彼のとりなしでシュトヘルがユルール一行に加わり、宋への逃避行がはじまります。
彼もまた何の縁も無いユルール一行に加わって宋へと旅立つのですが、危険な逃避行に加わるその動機がただひとつ、シュトヘル。
行商人として暮らしていた彼がある日、シュトヘルという「生き物」に出会ったことで人生を狂わされてしまう。それまでの人生をかなぐり捨てて、もう無心でシュトヘルについていく。すべての行動は単にシュトヘルを間近で見ていたいが為です。
シュトヘルを「物差しのない美しい生き物」と言い切る、アルファルドのその憧憬も純粋だけど同時に剣呑さをはらんだもので、ふとシートン動物記やジャック・ロンドンの小説を読んでいるような、懐かしい感覚を思い出しました。
[佐武と市捕物控 2] 石ノ森 章太郎
ここ何年かで読んだ漫画の中で、もっとも斬新さを感じられたのが実は30年以上前に描かれた漫画だった、というのにドキッとさせられます。
斜めのコマワリや見開きなど現代の漫画と見まがうばかりですが、はじめてそれをやったのが手塚治虫ではない石ノ森章太郎で、「石森漫画は掟破りなところがあってそれが新鮮だった!」というのが当時の読者(母)のコメント。
それが30年たってデファクトスタンダードにまで昇格。今出ている漫画表現で、大概のことは石ノ森章太郎にやりつくされたんじゃないか。
読んでいてハッとしたのが台詞の処理の上手さ。
基本中の基本といえばそうなんですが、ミステリ仕立てのため長台詞の応酬が多い佐武と市シリーズですが、非常に読みやすい。見開きページ全体でのレイアウトが整理されていて、よくできた広告ポスターのようにストレスなく読むことが出来ます。
最近の漫画だと、楕円形定規そのままで描いたフキダシを用いるのが90年代からこっち定着してますが、そういう漫画に限って段々台詞を追うのが億劫になって、台詞を読み飛ばしたり、あるいは台詞だけを追っていることがままあります。読むのに集中力が必要になるんですよね。
なるべくフキダシも絵も綺麗に整えたいんだろうな、と細部にこだわる心情は判るんですけど、全体でみるとそれが見やすいか、といえばいや見やすくないんだなと気づかされました。
[佐武と市捕物控 1 風の章] 石ノ森 章太郎
江戸時代を舞台にした岡っ引きの佐武と、按摩で盲目ながら凄腕の剣客でもある市のコンビが、市中で起こる事件を解決していく連作シリーズ。その復刊版です。4巻構成で、今月は2巻目も出るのでマストハブ。
下旬は漫画を結構読んでるんですけど、最後にこれを読んでもう全部霞んじゃいましたよ。
感想も書いても蛇足、まさに「イヨッ! 石ノ森!」です。




