鉄のエルフ
「ファンタジー世界の妖精たちがもし実在したら?」
「彼らがもし普通の人間のように生活していたら?」
現代都市を舞台に、ファンタジー世界の住民を現実のマイノリティに置き換えた警察小説というのも海外小説では散見しますし、昨今のラノベでもすっかり定着したアイディアのようにも思えます。
しかし、それをよもや架空ミリタリーモノにリンクさせる人間がいようとは。タイトルどおり主人公はずばりエルフです。
物語の舞台はナポレオン戦争当時の大英帝国を思わせるカラル帝国、その植民地と思しい政情不安なエルフキナ州。
主人公はエルフでありながら生まれながらにして<影の女王>に呪われ、エルフの故郷ヒンタの地から出奔し、カラル帝国軍の精鋭部隊でありエルフのみで構成される<鉄のエルフ>部隊の元隊長であったコノエ少佐(1巻目表紙)
前エルフキナ総督を殺害し、追放処分を受けていたコノエがエルフキナ人の魔法使いヴィジーナ(2巻目表紙)に軍務に連れ戻されたのは、事件により解散の憂き目を見た<鉄のエルフ>隊を再結成し、地上に落ちた伝説の<星>の探索に向かう為だった──というのが序盤の展開。
しかしながら、新造<鉄のエルフ>隊は100名未満の寄せ集め部隊、しかも連隊長は軍隊にまったく理解のなく横暴な皇太子(次期皇帝)で、被支配者側のヒロインはやたらと帝国と任務と自然破壊について批判的。
さらに畳み掛けて、興亡戦存在<影の女王>までが<星>を狙っていて、死滅したはずのクリーチャーたちまで大挙して襲ってくる始末。
山のような気苦労を背負ったコノエ少佐は、ちゃんと任務を遂行して生還できるのでしょうか。
魔法もモンスターも普遍的に存在するファンタジー世界観ながら、2冊通して<鉄のエルフ>隊がエルフキナ(インドっぽいイメージ)の奥地に<星>を探しに向かう行軍の課程が描かれる為、雰囲気はまるきり英国ミリタリー物。マスケット銃装備の<鉄のエルフ>隊からして、イメージカラーが緑というと英国のライフル部隊がモデルでしょうか。
展開も、英国のナポレオン戦争時代を舞台にしたリチャード・シャープやホーンブロワー(こちらは海軍)シリーズを思わせるものがあり、そういう意味では安心して読んでいられます。
ミリタリー小説でお馴染みの配役も、頼れるベテラン兵がドワーフ(口が達者)だったり、登場した瞬間から「こいつ見るからに裏切りそう」と思わせる不気味な士官がエルフだったりするのが如何にもです。
ただ惜しむらくは敵役が<影の女王>というファンタジーな存在なので、その頃敵方ではどうこう、という描写は薄目なんですよね。
シリーズは3部構成で、そもそも鉄のエルフ1・2が元々1冊だったものを分冊化したもののようで、やっと登場人物が出揃ってきて、まだまだ序盤という雰囲気。
小出しにされる世界観の輪郭もおぼろげに見えてきましたが、その世界観の根幹にあるのが魔法使いであるヴィジーナやエルフがしばしば言及する自然のバランス、そして、それに対立するのが<影の女王>です。
エルフとして生まれながら、エルフ特有のある事情から世界を脅かす存在となってしまった<影の女王>は、いまやエルフのみならずカラル帝国をはじめとする世界を滅ぼしかねないラスボス的存在であり、<鉄のエルフ>隊の今後と物語に深く関わってきます。
自然と心を通わすことができるエルフが、中でも生涯のパートナーとして特別の絆を結ぶ狼樫の木。
<影の女王>は、かつて死に瀕した自分の狼樫を失うことを受け入れられず、その延命に手を尽くした結果、何かの境界をまたいでしまったようです。そして、それは自然の摂理を捻じ曲げるほどの何かだったらしいのですが、現段階では漠然とほのめかされるだけです。
後半、<影の女王>の影響の芽を摘み取るエルフたち<永遠の見張り手>も登場。
従来のファンタジー小説に登場するエルフより、自然を守ることについてはかなり壮絶なスタンスの持ち主たちのようで、現時点ではまだ自然のバランスとは何なのか、ゆがみとはなにかは判然としないのですが、これもおいおい判ってくるんでしょう。
また、この自然のバランスについて、2冊中は何かとヒロイン・ヴィジーナが言い立ててコノエ(と読者)を辟易させますが、彼女の理論は周囲と読者を納得させられるパワーはなく、結局、エルフキナ人のヴィジーナが一番にしたいのはカラル帝国からのエルフキナ解放であって、自然云々は建前でしかない。──というのが後半登場するある人物の一言によって言外に指摘され、一見して自分の意見を持っているかにみえたヴィジーナも、周囲の状況に翻弄されるコノエ同様、まだまだ未熟で葛藤する人物だったのが露呈します。
『赤い星』のクライマックスでは、コノエの決断によって新たな問題が発生し、続編で彼らが抱えた問題にどのように対処していくのか、またどんな騒動が持ち上がるのか楽しみです。
実は第二部はまだ執筆中だそうで、『炎が鍛えた闇』『赤い星』も08年に出版されたばかりの原作小説が翻訳・分冊化されたもの。
10年20年前の作品の邦訳もザラなハヤカワSFにしては素早いリリース。最近はラノベのブランドでも海外小説を邦訳するブランドが出てきたので、とりあえず売れそうな物は手堅く抑えておく方針なのかもしれません。


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